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犬の図形事件(サラブランド事件)

Ⅲ-ⅰ

≪裁判例1≫ 犬の図形事件(サラブランド事件)

 

1.事件の概要

 

1)この事件は、当方依頼人である原告(控訴人)が被告(被控訴人)に対し、原告

の商標権に基づいて、商標権侵害差止及び損害賠償等の請求を求めた事件です。こ

の事件は、原審(東京地裁)において原告は勝訴しましたが、損害額の認定に誤り

があるとして控訴し、控訴審(東京高裁)においてその主張が認められて当方が勝

訴した事例です。  

2)原告(控訴人)が被服について商標登録を受けている犬の図形商標は、下記原告

商標1、2であり、被告(被控訴人)が被服について使用していた犬の図形商標は、

下記被告標章1、2であります。

       1 2.png

          (原告商標1)       (原告商標2) 

     3.png   4.png

         (被告標章1)       (被告標章2)

3)なお、被告標章1については、一旦商標登録がなされましたが、原告(被控訴人)からの異議申立により登録の取消決定がなされ、被告(被控訴人)は東京高裁にその決定の取り消しを求めて出訴しましたが、請求棄却されています。また、被告標章2についても一旦商標登録がなされましたが、原告(被控訴人)からの無効審判の請求により無効にされたという経緯があります。

  

2.判決の論点(争点)

 

この原審判決及び控訴審判決を通し、この事件の論点となったのは、おおよそ以下の4点です。

・原告登録商標の犬の図形と被告使用の犬の図形の類否(結合商標の類否)。

・被告(被控訴人)の無過失の抗弁が認められるか。

・登録異議の申し立てによる取消決定があった場合にも、中用権に関する商標法第33条の規定の類推適用を認めるべきか。

・標章についての使用の範囲(損害額の認定)

3.原告登録商標の犬の図形と被告使用の犬の図形の類否について

 

1)この点について原審判決は、以下のように判示し、控訴審判決においても同様の判断がなされました。

 「両者の犬の図形はいずれも、尾をほぼ水平方向に延ばし、左向きで立った姿勢を保ち、黒塗りで描かれているという特徴が共通であり、このような基本的な特徴が、これに接した一般需要者に強く印象付けられるというべきであるから、両者は外観(観念及び称呼も同様と考えられる。)において類似する

  確かに、被告標章1と原告商標1とは、・・・、若干相違する。

  しかし、被告標章1及び原告商標1はともに、被服等にワンポイントマークとして縫いつけられたり、刺繍されたりするなど、比較的小さく表示され、上記の細部における相違点はほとんど目立たないものと認められることに照らすならば、上記の相違点は、被告標章1が原告商標1に類似するとの前記判断に消長を来さないというべきである。

また、被告は被告標章1を「Sarah brand」の文字とともに使用しているので、原告各商標とは類似しない旨主張する。確かに、証拠によれば、被告標章1が使用されている被服等の中には、「SARAH」や「SARAH BRAND」「SARAH BRAND DOG」「Sarah brand」の文字と組み合わせて使用されているものが存在する(甲39、60)。しかし、被告標章1と原告商標1の基本的特徴が共通している点に照らして、被告標章において、被告の名称である「SARAH BRAND」等が付加的に表記されていたからといって、前記類似するとの判断に影響を与えるものと解するのは相当でない。

 

2)上記本判決における結合商標の類否判断方法については、判例時報第1812号において、

商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、文字、図形、記号のうち二個以上のものの結合によって構成されるいわゆる結合商標の類否を判断する場合も、全体的観察をすることが原則である。しかし、取引の実際においては、商標のうち、その一部だけが需要者の注意を惹き、この部分によって簡略に称呼、観念されることがあり、このような場合は、商標のうち、隔離的観察により、自他商品識別力があると推測される部分を抽出して類似性を判断する例が一般的である。

本判決は、文字と図形の組み合わせよりなる商標について、これに接した者が専ら注意を惹かれる部分を抽出して、類似性を判断したものであり、図形等からなる標章についての類否判断の一例として、実務上参考となろう。

として、取り上げられています。

 

4.被告(被控訴人)の無過失の抗弁が認められるか

 

1)被告(被控訴人)は、「自ら有していた商標権に基づき被告標章を使用していたのであり、異議申し立てによる取消し後は使用を中止したのであるから、被告(被控訴人)には過失がない。」と主張していました。

2)この点について控訴審判決は、

 「商標法39条は、特許法103条の過失の推定規定を商標権侵害に準用しており、他人の商標権を侵害した者は、その侵害行為について過失があったことが推定されている。業として商品を生産し、販売する者が、その商品に商標を使用する場合には、他人の商標権を侵害することがないように、事前に専門家に調査、検討を依頼するなどして、これを慎重に検討すべきであることなどは、上記の過失の推定を打ち破るためには、最低限、必要とされる基本的な事柄である(その上で、どのような場合に過失の推定が打ち破られることになるかは、個別の事例毎に判断されることになろう。)。そして、被控訴人のように、その使用する商標について商標登録を得ることができた場合においても、商標権については、その商標登録後に、登録異議申立てによりその登録が取り消されたり、無効審判請求により無効とされることがあることは、あらかじめ商標法が予定しているところであるから、商標登録を受けているとしても、上記の他人の商標との抵触のおそれについての調査検討義務が不要になるわけではないことは当然である。

本件においては、被控訴人がこのような調査検討義務を果たしたとの主張も証拠もないのであるから、被控訴人の無過失の主張は理由がないことが明らかである。

 として、被告(被控訴人)の主張を斥けています。

 

5.登録異議による取消決定の場合に中用権の規定を類推適用すべきか

 

1)被告(被控訴人)は、「商標法第33条に規定するいわゆる中用権の主張は、無効審判により無効とされた場合のみならず、異議申し立てにより取り消された場合にも類推適用されるべきである。」と主張していました。

2)この点については、

 「商標法33条は,無効審判の請求の登録前の使用により周知となった商標について,無効とされた場合に中用権を認めた規定である。被控訴人は,登録異議の申し立てによる取消決定があった場合にも,この規定の類推適用がある旨主張する。しかし,無効審判の請求については,一部の無効理由について商標権の設定登録の日から5年を経過した後に請求することができない,との制限があるとはいえ,そのほかは,特に期間的制限がなく,請求できるものであるのに対し(商標法46条,47条),登録異議申立ては,商標掲載公報発行の日から2月以内という短期間に限り,申し立てることができるものであるから(同43条の2),無効審判請求の場合において長年にわたる努力により信用を蓄積してきた企業について中用権を認めることを正当化するような事情は,登録異議申立ての制度において認めることはできない。したがって,商標法33条の規定を,登録異議申立てがなされた場合に類推適用することはできない。

 として、いわゆる中用権に関する商標法第33条の規定を登録異議の申し立てによる取消決定の場合に類推適用することはできないとして、被告(被控訴人)の主張を斥けました。

3)この中用権に関する判示部分は、特定侵害訴訟代理業務に関する能力担保研修テキスト5の基本判例集において、「中用権」が認められるための要件を開示した事例として取り上げられていますが、本判決は、「商標法第33条の規定は、登録異議の申し立てによる取消決定の場合に類推適用されるべきではない」、と明示した最初の判決だと思います。

 

6.標章についての使用の範囲(損害額の認定)

 

1)原審判決においては、侵害行為の範囲は、被告標章をワンポイントマークとして付している被服についてのみであるとし、その範囲での損害額しか認定しませんでした。そこで原告は控訴し、標章についての使用について定義する商標法第2条第3項の規定を根拠に、侵害行為の範囲は、被告標章をワンポイントマークとして付している被服に止まらず、広告や取引書類についての使用も含まれるべきであるとの主張をしました。

2)この点について控訴審判決は、

被控訴人は,前記期間において,その直営店で販売する商品の包装用袋に「Sarah」と「brand」の文字の間に被告各標章を配した標章を付している(甲第60号証,弁論の全趣旨)。これは,被控訴人が経営する直営店で販売するすべての商品について,その包装に被告標章1又は2を使用する行為に該当する。また,被控訴人は,前記期間において,その直営店の雑誌広告及び新聞広告並びにそのショーウインドーや入ロマットに,被告標章1を付している(甲第58号証,弁論の全趣旨)。この被控訴人の行為は,被控訴人が経営する直営店で販売するすべての商品について,商品の広告に被告標章1を付する行為に該当する。

以上によれば,被控訴人は,前記期間において,ワンポイントマークとして被告標章1又は2を付した商品を生産し,これを販売しただけでなく,被告標章1又は2をワンポイントマークとして商品に付していない場合でも、被控訴人が生産し販売するすべての被服等の商品について、被告標章1又は2を商標として使用してきたものと認められる。

として、当方の主張を全面的に認め、損害額を大幅に増額する判決を下しました。

 以上

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